『鬼滅の刃』が全米でも爆進…! 日本アニメに「新たな可能性」をもたらす“ワケ”
『鬼滅の刃』、全米でも“爆進”
国内歴代興行収入第1位398億円(5月5日現在)の記録を打ち立てる『劇場版「鬼滅の刃」 無限列車編』。TVシリーズが深夜アニメ放送とこれまで“ニッチ”に思われた場所からの偉業達成もあり、昨年秋10月16日の公開以来、大きな話題を呼んでいる。さらにその勢いは、いまや海を飛び越え米国にも及びはじめた。
4月23日、本作が全米公開した。これが週末3日間の興行収入で米国とカナダを合わせた北米市場で2114万ドルと、日本円で約23億円もの大ヒットのスタートを切った。
同週の1位ワーナー・ブラザース映画の『モータルコンバット』の2330万ドルとの差はごくわずか。翌第2週には1位に躍進した。日本映画が週末興行収入でトップになるのは、1999年の『劇場版ポケットモンスター ミュウツーの逆襲』以来、実に22年ぶりの快挙である。
特に今回は大作映画のヒットに通常必要とされる3000~4000スクリーンの約半分の1600スクリーンでの公開であることを考えれば、現地の驚きと劇場の活況も想像がつくだろう。今後は日本映画過去最大のヒットになった『ミュウツーの逆襲』と、同じポケモン映画の『幻のポケモン ルギア爆誕』(2000年)にどこまで迫り、超えるかが焦点だ。
日本アニメの“立ち位置”変える?
華々しい数字の話題に加え、『鬼滅の刃』の米国での大ヒットは、近年ますます人気が広がっている日本アニメの世界での立ち位置にも変化を与えそうだ。『鬼滅の刃』ヒットの実績をもとに、さらに日本のアニメが海外を目指すことも出来る。
遡れば2010年代以降の日本アニメの人気拡大は、NetflixやAmazonプライム ビデオといった映像プラットフォームの急激な普及に理由がある。実は日本アニメは2000年代半ば頃、海外でのTV放送が減少し、映像ソフトの売上げが急降下するなど、必ずしも順風ではなかった。
なかでも大手映画会社の市場支配力が強く、伝統的なビジネスが優先される映画興行は、日本アニメが最も参入し難い市場だった。日本でヒットしたアニメでもヒットにつながらない。それ以前に作品公開が少なく、仮に公開されたとしてもスクリーン数は少なく、上映期間も極めて短いケースがほとんどだからだ。
ではなぜ今回『鬼滅の刃』は、その壁を突き崩したのか。
ひとつは映画配給を担当した「ファニメーション」という企業の存在だ。1994年に日本アニメ専門の配給・ライセンス会社としてテキサスで設立された同社は長年、独立系の日本アニメ会社として経営されてきた。それが2017年にソニー・ピクチャーズに買収され、傘下に入った。ハリウッド大手映画会社の一角であるソニー・ピクチャーズのサポートは少なくない効果を発揮しただろう。
そもそも米国の映画配給の多くは、大手映画会社の事業である。このため劇場上映される作品の決定や力の入れ具合は大手映画会社の意向に左右されがちだ。自社利益を目指す映画会社は自社製作の映画配給を優先する。日本の製作会社が作ったアニメを積極的に取り上げる理由はない。
『鬼滅の刃』の製作は日本のアニプレックスが中心だ。そしてアニプレックスは国内ソニーミュージックの子会社である。つまり『鬼滅の刃』は製作と配給が共にソニーグループにあり、そのヒットは製作面でも配給面でも自社の利益になる。
ソニーグループの、映画部門と音楽部門は共同企画・事業はあまりみられず、商品流通も別々とこれまで距離感があった。それが近年、エンタテインメント部門で連携強化が進んでいる。なかでも海外の日本アニメ事業は、連携の象徴になっている。
アニプレックスとソニー・ピクチャーズは共同出資のファニメーション・グローバルを設立し、その傘下にファニメーションをはじめとする世界各国のアニメ事業会社をまとめる。今回の配給もファニメーションとアニプレックスの共同配給のかたちだ。
「アニメ=子ども」の打破
ただし『鬼滅の刃』のヒット理由は、ビジネス環境だけではない。より重要なのはグローバルの映画市場における日本アニメのメジャー化だ。北米の日本映画の最大ヒットは『ポケモン』で、さらにこれまで上位には『千と千尋の神隠し』や『崖の上のポニョ』といったスタジオジブリの作品が上位を占めてきた。キッズやファミリーに向けた作品だ。
しかし『鬼滅の刃』はこれらとは大きく異なる。映画上映にあたり17歳未満は保護者の同伴が必要な「R指定」を受けている。子どもの多くは容易に見られない。『鬼滅の刃』の北米でのヒットが画期的なのは、大人が見るアニメとしての成功である。
もともと欧米を中心に海外では、アニメーションは子どものものとされてきた。日本アニメは長年「アニメーション=子ども」という概念の打破に向けて挑戦を続け、テレビや映像ソフト、配信といった分野ではハイティーンや大人が観るジャンルを築いた。それでも多くの人にとっては、限られた人たちが見るニッチな作品であった。
しかし『鬼滅の刃』は大衆文化の牙城である映画館で数百万人を動員できる。これまでニッチであった若者世代に向けたアニメがメインストリームになりえることを示す。
この効果は日本アニメに新たな可能性を生み出すだろう。今後はこれまで大きく扱われなかった大人向けのアニメ劇場公開も可能になる。
大人向けアニメはトレンドになるか
子ども以外に向けたアニメーションの北米での広がりは、実は日本アニメ以外でも始まっている。2018年公開の映画『スパイダーマン:スパイダーバース』が大ヒットしている。実写ファンも念頭に2Dスタイルで青年層をターゲットにしたものだ。
北米での興行収入1億9000万ドルはディズニーやピクサーのキッズ向け3DCGアニメに匹敵する。『スパイダーバース』のヒットにも、長年、子どもだけのものでないとしてきた日本アニメの影響もあったのではないか。 大人向けアニメーションが映画業界の新たなトレンドになれば、この分野で最先端を走っている日本にもチャンスが大きい。
日本アニメは長年メインストリームになりうる作品として、子供から大人まで幅広い世代に向けたスタジオジブリのようなスタイルを目指してきた。しかし、『鬼滅の刃』はR指定の深夜アニメがグローバルの大衆市場でも戦えることを明らかにした。イノベーションとは、これまでの常識と異なるところから生まれるようだ。
もちろん競争は楽ではない。『スパイダーバース』のように米国製作の映画が強さを発揮するだろう。R指定でもヒットした『鬼滅の刃』はあらたな市場の可能性を感じさせるが、PG12とはいえ、子どもたちも普通に『鬼滅の刃』を見る日本のアニメ表現の考え方との違いは小さくない。
文化の違いを乗り越えて
文化の問題は、米国以外にもある。映画の海外市場では昨今、中国市場の重要性も増している。『鬼滅の刃』はアジアでも大ヒットになったが、中国公開はまだ決まっていない。理由は明らかにされていないが、上映審査に時間がかかっているようだ。年々検閲が厳しくなる中国市場に、日本アニメがいまと同じように今後もアクセスできる保障はない。
グローバルであることと、日本的であることのバランスの難しさにどう折り合いをつけていくのか、古くて新しい問題がつきまとう。
それでも確実に言えるのは、日本アニメは映画業界でも世界の主要プレイヤーのひとつになった、ということだ。『鬼滅の刃』はそれを確認させるものであった。
日本のアドバンテージも少なからずある。その強みは、日本コンテンツの認知度、エンタメとしての誘因力がかつてなく高まっていることである。忍者やコスプレといったアイコンやカルチャーも定着している。大正時代で着物姿のキャラクターが登場する『鬼滅の刃』が受け入れられた理由だ。“日本コンテンツ”は、観客にアピールする力を持っている。
ただそれは時代のあだ花にもなりえるし、新たな発展の起点にもなりえる。どちらになるかは日本の取り組み次第。いま日本のアニメ界は、業界の未来をかけた分岐点にたっている。今後数年が、日本アニメの未来を決める時期なのではないだろうか。by結城洲央